「話す」ことの大切さを認識する
子供の話を傾聴するために、「話す」ことが子供にどんな益になっているか再度考えることは大切です。
その益を考えれば、「話を黙って聞く」ことが時間の浪費などではなく、あなたが子供にできるすばらしい贈り物であると認識できるはずです。
話すこと自体に浄化作用がある
話すことは、出来事を他者に伝えるためだけに行われるわけではありません。話すことは「自己表現」です。
話すだけで悩みや憤慨がおさまり、すっきりした経験は誰にでもあるのではないでしょうか?
いわば「話すこと」自体がセラピーだと考えてみましょう。
治療の最中にお医者さんが「自分にもセラピーが必要だから」と、あなたの治療を中断してしまったらどう感じるでしょうか?コーチ中にコーチが話に割り込んだり、自分の話を始めてしまうのはそんな状況にたとえられるでしょう。
人は、聞いてくれる人がいなければ話すことはできません。
子供の話を聞いている途中で考えがさまよったり、口を挟みそうになってしまった場面で、「今、私は話を聞くことで子供の心を浄化している、セラピーをしているのだ」と考えるようにしてみましょう。
聞くことは存在を肯定する行為
大人同士の会話で、聞き手が頻繁に口を挟んだり、上の空でいる態度をとられた時、あなたはどのように感じたでしょうか?多分憤慨されたのではないでしょうか?
話を聞いてもらうという体験は「自分の存在を認めてもらう体験」です。
話を聞くだけであなたは子供の存在を肯定しているのですから、「聞く」という行為そのものが「承認」となります。
簡単すぎるように感じるかもしれませんが、子供の話を聞きながら別のことを考えたり、自分の気持ちを満足させるために性急にアドバイスなどをしたりしながら子供の存在を認める”ことはできません。
子供に「自分は話を聞いてもらっている。自分の存在を肯定されている」と感じてもらうには、真剣に話を聞く必要があるのです。
子供は話すことで思考の棚卸しをしている
「話すことは思考の整理」と考えるのも「聞く」助けになります。
人は頭の中で考えが固まってから話をするのではありません。
話の流れや結論が出ている話は「会話」ではなく「プレゼンテーション」になります。
毎日の会話が「プレゼンテーション」であるはずがありませんね。
「話をする」という行為を通して、考えそのものをまとめ、そして結論にたどり着きます。いわば思考の棚卸しです。
棚卸し最中に「こんなに散らかして!」と怒る人はいません。
ですから、子供の話の途中に細々と「それはどういうこと?」「ちょっと待って、前に言ったことと違う」「分かるように話してよ」と割り込むのはナンセンスなことだと分かるでしょう。
心の棚卸し作業は、実際の棚卸しとちがって一人ではできないのです。聞いていてくれる人がいて初めて出来る作業です。
ただ聞いているだけではつまらないし、自分も棚卸しを手伝いたいからと考えて、話の途中で口を出す必要や心配はありません。「聞く」という行為が思考の棚卸しに唯一有効で必要な大きな助けなのです。
聞かれることが将来の信頼につながる
人が話をする時、相手に求めているのはアドバイスや叱責や批判ではありません。
それどころか、相手が求めるものは全くその逆で、「話をしても叱責や批判をされない。アドバイスの押し付けをされない」ことではないでしょうか?
子供は親から無条件で話を聞いてもらえる体験を通じて、将来もまた親に話したいという気持ちになります。子供が親に話をするのは、問題を解決してもらいたかったり、アドバイスが欲しいからではないのです。
もし、問題解決やアドバイスが話を聞いてもらう目的だとしたら、子供が大きくなり、親が問題に対処できなくなった時に子供は話をやめるでしょう。
話を聞きながら、「知っていることを教えてあげたい」「問題を早く解決させてあげたい」「間違いを発見したらすぐに正してあげたい」と考えながら話を聞く必要はありません。むしろ、そのような考えは話を聞く障害になり、助けにはならないと思ってください。
子供の頃に批判や叱責なしで話を聞いてもらった子供は、成長してからも色々な問題を親に話すようになります。それは、「親はどんな時も、どんな問題がおこっても聞いてくれる」という信頼があるからです。
将来の素晴らしい信頼関係の為に、今日の話を黙って聞いてあげましょう。
「答えを知っているのは子供自身」という信頼
子供に信頼してもらう前に、親が子供を信頼する必要があります。
言葉で「自分は子供を信頼しています」と言っても、実行は難しいものです。
子供の話を聞いている途中でどうしても訂正や叱責、アドバイスなどで口を挟みたくなる場合、本当に子供(の能力)を信頼しているとはいえません。
子供は自分で答えを知っている。
今、知らなくても自分から答えを導く力を持っている。
このように考えれば、「親が教えてあげなければならない」という観念がなくなります。
もちろん、これも最初は練習が必要です。
子供が小さければ小さいほど親のほうに人生経験があり、必然的に知っていることが多いので”つい”手も口も出てしまうものです。
最初はチャイルドコーチングをしている最中だけで構いませんので、「自分の子は自分で答えを導く力を持っている」ことを前提にして話を聞くようにしてください。
子供は自分の経験をするために生まれた
話を聞いていて、親の目から見て明らかに子供が間違っている場合もあります。
それが直接本人や他人を傷つける危険な行為であったりしない限り、失敗もそのまま見守ってあげる必要があります。
個々の子供には「失敗をさせてあげる必要」があり、「失敗をする権利」があります。
それは、子供が「あなたの子供」であると同時に一人の人間でもあり、人間は自分の人生を経験するために生まれてきているからです。
親は失敗の痛い思いをできるだけさせずに、できれば自分の経験を活かして効率よく子供を成功させてあげたいと感じるでしょう。
しかし、自分で失敗し、自分で学び、自分で改善していくのが「自分の人生を経験する、生きる」ということです。
子供が悩み、失敗し、挫折している姿を見て、「せっかく親が積み上げてきた経験やノウハウを子供に教えてあげようとしているのに」と思ってしまうかもしれません。親だからこそ見ていられないと感じるのは当然です。
それでは、あなた自身の人生から「失敗や挫折、それを自分で乗り越えた経験」を消し去りましょうと誰かから提案されたらどう感じるでしょうか?「効率よく成功した人生だけおくれますよ」と言われても躊躇するのではないでしょうか?
それは、失敗や葛藤も喜びと成功と同じ人生の経験だからです。人生から経験を取り除いてしまえば、生きているという手応えはありません。
ですから、親心をぐっとこらえて子供に自分の人生を経験させてあげてください。子供に自由に話をさせ、親がどっしりと構えてそれを聞いてあげること、それが親が子供に出来る最高の贈り物です。
- 話すことの益を考えると傾聴しやすくなる
- 話すことはセラピー、思考の棚卸しであるである
- 子供には自分で失敗し、経験する権利がある
